玄録

玄録は、秀玄舎の事例を通した、
実践研究の成果をご報告する不定更新の
ビジネスレポートです。

IT投資を長期的に効率化する

ITリテラシー向上の方法論:従来の問題点(後編)

2006.09.04

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 ここ20年の間に、情報技術は飛躍的な進歩を遂げました。その進歩のスピードを支えたのは、「ラッピング」という思想です。

 誕生して間もない頃のコンピューターは、“0” か“1”しか理解できない巨大な箱でした。必然的にユーザーは、コンピューターに実行させたい「処理」を“0” と “1” に翻訳する必要がありました。

 現代のユーザーは、クリックしたり、ドラッグ&ドロップしたりする際に箱の中のコンピューターが その操作をどのように“0” と “1” に翻訳しているか を知る必要はありません。

 この、「裏側で何をやっているかを知らなくても操作できる」ことを「ラッピング(包装)」と言います。コンピューターが何をやっているかを包装(ラップ)することで、ユーザーは包装紙だけを見ればよいことになります。

 これは開発者にも当てはまります。20世紀プログラマーはコンピューターが何をしているかを知らなければプログラムを書くことができませんでした。現代のプログラマーは、ラッピングされた「プログラム言語」を学ぶことで、20世紀のプログラマーよりもはるかに簡単に、ソフトウェアを作成することができるようになりました。

 結果的にプログラマーやSEに要求される技術力は低下し、プログラマーやSEの数は増え、コストも下がり、ソフトウェア製造の生産性は飛躍的に向上します。

 ところが、このラッピングは大きな問題点をかかえています。

 言うまでもなく、ソフトウェア技術者達(プログラマーやSE)は「ソフトウェアが実は何をしているのか」を理解していない ということです。

 このラッピングは、ソフトウェア技術者だけでなく、一般のユーザーを拡大するのにも大きく寄与しました。なるべく多くのユーザーが使いやすいよう、ソフトウェアはできるだけデータ処理の本当の姿ではなく、ユーザーの日常業務にできるだけ近い形で画面や帳票を構成しようとします。

 結果的にユーザーは、裏側でデータコンピューターによってがどのように扱われているかを知らないまま、システムを利用することになります。

 本レポートで繰り返し触れているように、こうした「ラッピング」は教育にも表れ、ユーザーはITに対する理解を深めることなく、結果的にITリテラシーは低いまま放置されています。

 それでは正しいアプローチとはどんなIT教育なのかについて、次回最終稿にて報告します。